【無料体験学習】学科編 Class 35 講座
>運動における外傷と障害 a surface wound & disorder

セラピストの視点と留意点

普段の動作ができなくなるとき

本来、誰もができるべき運動ができなくなる。このとき、その人になんらかの外傷や障害があるといえます。上がるべき位置まで手が挙がらない。普通に歩いていたのに、歩きにくい。歩くとからだのどこかに苦痛を感じる。このように自覚がある場合だけでなく、本人に自覚のないままに歩き方に変化が生じる場合もあります。

いずれの場合もまず、医療機関(整形外科医)での受診が必要です。問診・触診・X線検査・MRI・CTなどによって、現状に対する正しい診断と治療方針を受けます。ここで大半は、原因が究明できます。石灰沈着・骨折・脱臼など、原因がわかれば、後は治療を受けるだけ。セラピストが関わるのは、この治療の後半からになります。

もちろん、医療機関で受診すれば、すべてが解明されるわけではありません。筋肉や腱・軟骨・関節包などの軟部組織や神経は機械を使っても明確には見えないからです。

腰が痛い。しかしX線写真を撮っても腰椎に異常は認められない。骨に異常はなくても、腰のまわりの筋肉が柔軟性を失い硬化することが腰痛の要因となる場合があります。肩関節に見るべき異常はなくても、腕が痛くて挙がらない場合もあります。肩の挙上に関わる筋肉が、過度の疲労や運動不足などによってパフォーマンスを低下させることが要因として考えられます。突然、腕が痺れに襲われることもあります。骨や関節、そのほかに何の異常も認められないのにです。頸椎から出た脊髄神経が肋骨と鎖骨の間など、解剖学的に狭くなっている部分を通過する際に疲労で硬くなった筋肉の圧迫を受けて痺れを引き起こす胸郭出口症候群がこれにあたります。

こうしたケースでは、痛みや痺れなどの症状がまずドクターの診断・治療によって改善されることが必要です。しかし、その後は再発防止に向けて筋肉のパフォーマンスを改善するなどのケアが重要になります。私たちがめざすセラピストは、ここで重要な役割を果たすのです。

セラピストがかかわる時期

病気やけがによって安静を要するため、からだを動かさない状態が一定期間続くと、筋肉の柔軟性は失われます。また運動が嫌いなために運動不足の状態が続いても、同様です。筋肉は動かさないと筋力が減少するとともに硬直化が進み、柔軟性を失っていきます。十分な柔軟性がなければ、筋力を発揮することもできません。どうしても運動量が減少し、ますます柔軟性を失っていきます。悪循環です。
なんらかの疾患がある場合、安静は必要です。そのかわり、安静によって筋肉の柔軟性は失われてしまいます。すべての行為には反作用があります。だとするならば、人のからだにとって安静という行為には、筋肉の柔軟性の喪失という反作用(=副作用)が起こるのです。

受傷直後の1~3日間、あるいは痛みのある時期は急性期と呼ばれ、治療・安静に専念すべき期間です。しかし、安静を要する期間が過ぎると、できる限り早い時期から筋肉の柔軟性を取り戻すことが必要になります。ここからがセラピストの出番です。
まずはメディカル・リハビリテーションです。受傷時の応急処置から医療機関での治療を経て、理学療法などを用いて日常生活を営むことができるまでの回復を図ります。医療機関に勤めるセラピストは、ドクターや理学療法士の指示を受けて、患者のリハビリテーションに関わっていきます。

アスレチック・リハビリテーションは、痛みを脱し、日常生活レベルの運動能力が戻りつつある頃から、痛みを感じない範囲での運動によって運動機能の復帰レベルを上げていきます。
低下・喪失した機能の修復を助長し、再生・回復をサポートするのは、まさにセラピストの役割です。ここでは同時に、再発防止への対処も行います。そうして一般人は日常生活への復帰を、スポーツ選手はそれぞれの専門競技への復帰をいち早く実現することが可能になるのです。
とくにスポーツ選手の場合には、技術的な練習にもセラピストが関わります。その競技にある独特な動きをセラピストが把握して、からだのどこに外傷を受けやすいのか、どこに障害が生じるのかを見極め、対応策をとるためです。ここまで関わることができるのは、セラピストならではです。

※図:運動器官のスポーツ外傷障害の病期の経過と対策処置

セラピストが留意すべき点

けがや病気で治療を受けている人は、身体的にだけでなく、心理的にもストレスを感じています。いわゆる気持ちが沈んだ状態に置かれているのです。こんな状態のとき、理屈ではリハビリに精を出すことが必要だとわかっていても、積極的に取り組もうと頑張る気持ちは湧きにくいものです。
セラピストは、クライアントのこうした心理的な状態を十分に考慮して、早期復帰に向けてサポートしていかなければなりません。
つまり、身体的なケアだけではなく、心理的な側面からのケアも行う。食事など、栄養学的な側面からのアドバイスやケアも行うなど、クライアントを取り巻くすべての面から全方位的にケアや支援を行わなければならない。それがセラピストの役割であり、存在理由なのです。

からだを支えるだけでなく、心も支えて、クライアントともに一日も早い再生・回復をめざす。それにはクライアントとの深い信頼関係が必要です。たんにアスレチック・リハビリテーションの知識や技術に長けているだけでは不十分です。セラピストである前にまず、人として信頼に足る、全人格をかけて信頼感を得る必要があります。
もちろん、アスレチック・リハビリテーションに関する確たる技術や知識は必要欠くベからざるものです。クライアントは自分のからだに対する不安を抱えており、それを少しでも解消しようとさまざまな質問を投げかけてきます。なぜ自分はこの運動ができないのか。なぜこの運動をすると痛みが発生するのか。なぜ自分は……。
セラピストはどのような問いかけに対しても動じることなく、それらの問いかけに答えていかなければなりません。なぜ今できないのか。どうすればできるようになるのか。なぜできるようになるのかなど、原因や理由を常に正確に把握しておく必要があります。

たとえば受傷直後の急性期から取り組むことのできるリハビリテーションがあります。しかしクライアントは受傷・発症のショックから気持ちが落ち込んでおり、積極的に取り組む意欲が持てない状態がほとんどです。それでもリハビリテーションへの動機づけを行うには、きちんとした説明が必要になります。
右大腿骨を骨折した場合、急性期に、患部や患肢へのアプローチはできません。まず安静を保つことが優先されます。しかし右大腿以外は健常です。左大腿部や上肢、体幹など、からだのほとんどにはなんら問題はありません。それでも安静は、健康な部分からも確実に体力・筋力を奪い去っていきます。これではからだすべてのリハビリテーションが必要になり、再生・復帰に時間がかかってしまいます。いかに急性期といえども、健肢の運動は可能です。それならば、からだすべてを安静にする必要はありません。患部・患肢の安静は保ったまま、健肢の運動を行うことで体力や筋力の維持・強化を図ることはできます。
健肢のパフォーマンスが受傷以前と同程度に維持できていれば、リハビリテーションを要するのは患肢である右大腿部だけで済みます。当然、日常生活やスポーツへの復帰も早くなります。

こうした説明を確実に、わかりやすくクライアントに説明してはじめて、受傷のショックのなかから立ち上がろうとする意欲が生まれてきます。試合復帰まで何カ月といわれていた選手が、驚異の回復力を見せて、わずか数週間で試合に復帰してくる報道に驚くことがあります。その舞台裏では、セラピストによるこうしたサポートがあるのです。
たしかにセラピストは、受傷・発症したクライアントの治療を行うことはできません。まずはドクター、次いで理学療法士の領域です。しかし、早期の復帰をめざしてのリハビリテーションやトレーニング、再発防止のための維持・強化への対処やトレーニング、そして受傷する前の予防に関する指導・アドバイス・トレーニングはセラピストの役割です。

スポーツ選手への留意点

クライアントと関わる場合、とくに注意を向けなければならないのは、焦りの気持ちです。とくにスポーツ選手の場合、一日でも早く競技に復帰したいと願う気持ちが、一般の人よりも強い傾向にあります。
ドクターの治療や理学療法士による日常レベルへのリハビリテーションが一応の成果を上げると、すぐに競技練習を開始しようとします。たしかに受傷部は外見、完治しているかも知れません。しかし、ここに大きな落とし穴があることをセラピストは十分に理解しておく必要があります。

競技レベルの激しい運動は、からだ全体のバランスが整っていなければ行えません。したがって受傷部の能力は、少なくとも受傷以前と同等のレベルまで回復している必要があります。筋肉や腱・靱帯などの運動器官だけでなく、神経系も回復していなければ、無意識のうちに患肢をかばう動きをとり、運動のバランスを崩してしまいます。外見は完全に回復していても、これでは以前にも増してけがを負いやすい身体状況になっています。

しかも、もし再びけがや障害に見舞われることになると、選手が受ける精神的ダメージはより大きなものになります。「またやってしまった!」「2度あることは3度ある!」など、以後のプレーには常に不安がつきまとうことになるのです。
選手の焦る気持ちを無視することはできません。しかし、だからといって十分なリハビリテーションも行わないままに、選手を競技に復帰させることは危険です。一つひとつのリハビリテーションについて、目的や目標を確実に選手に伝え、選手からコンセンサスを得ながら復帰へのステップを確実に昇っていくべきです。
復帰のGoサインはセラピストの権限です。それだけに正しい目標設定とその達成度合いを見極めていく必要があります。時間はかかりますが、結果的にはそれが再発を防ぎ、選手のパフォーマンスを向上させ、これまで以上に活躍できることを選手共々、理解しておくことが必要です。